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小説『幸福な女』 [短編]

『幸福な女』 高平 九

はしがき
 これまたあるコンテストに応募した作品です。ワイルドの有名な童話『幸福な王子』を題材にしています。怖くて不気味な作品になってしまいました。覚悟してお読みください。

あらすじ
 年末のある夜。ホームのベンチで話す2人のサラリーマン野口と山田。2人はなぜか1人の女をはさんで話している。山田は最近リストラに遭ったが、やっとのことで再就職が決まったらしい。そんな2人の話に何の反応も示さない静かな女のその正体は……。

本文

 年末のある夜ことでした。その駅の上には上弦の月があって、ホームのベンチに座った女を美しく照らしていたのでした。
 女から少し離れたベンチの端で男がスマホをいじっています。くたびれたコート、通勤用の黒い鞄。どうやら普通のサラリーマンのようです。
 階段から男がひとり降りてきました。男はベンチの女を見て立ち止まりました。そして、その奥にいる男にも気づきました。
「野口さん?」
「ああ山田さん、お久しぶりです」
 山田と呼ばれた男がベンチに座りました。山田と野口の間には女が座っています。
「ほんとお久しぶりですねえ」野口は月を見上げながら言いました。
「ちょっと事情がありまして……」と山田も月を見上げながら言いました。
「そうですか……」と言った野口を月が見下ろしていました。
 会話が途切れ気まずい雰囲気になりましたが、女は黙ってうつむいています。
「リストラされちゃって」と女の前に顔を出して突然山田が言いました。
「えっ?」驚いた野口が思わず女の後ろから顔を出しました。
「前に話したじゃないですか、気の合わない上司がいるって、ある顧客への対応でその関係が決定的になってしまって」
「それでリストラですか…ひどいなあ。一所懸命やってらしたのに。ついてないですね。」
「野口さんに警告していただいたのに、結局同じことを繰り返してしまいました。すいません」
「いや、そんな。私こそ山田さんの力になれず、すいませんでした。」
 また気まずい空気です。さすがに月もそっぽを向いて雲に隠れました。
「それで、今は……」野口が心配そうに尋ねました。
「しばらくは遊んでいましたが、今日やっと再就職先が決まりまして……」
「そりゃよかった。じゃお祝いしないと。久しぶりにどうです?」と言って野口がコップを持って酒を飲むポーズをとると、「ありがとうございます。野口さんのところや前の会社と比べたらほんとに吹けば飛ぶような零細なので、お祝いなど恐縮です」
「そんなこと言わずに……」
「そうですか?それでは少しだけ……」
 ほっとしたように月がまた顔を出しました。ほんとうに人の横顔のような月です。
「これ」とふいに野口が言いました。
「えっ?」山田が驚いて2人の間の女を見ました。
「クリスマスのあとからだから、かれこれ1週間になります」
「そうですか。1週間になりますか……」
「夏場でなくてよかった。匂いがね」
「少し匂いますかね」
「口のあたりがひどいです。でも、まあ夏じゃなくてよかった」
「そうですね」
 月が怪訝そうに2人と女を見つめました。
「最初の頃は素敵でしたよ。上品な香水が薫っていて、クリスマスらしくお茶目に三角帽子なんかかぶってて……だからね」
「はい?」
「シャルウイダンス」と野口が立ち上がって、ダンスのポーズをしました。
「えっ?」山田も思わず立ち上がりました。
「その夜はホームに誰もいなかったんですよ。かなり酒が回ってたんでしょうね。それにあの曲が……なんて言いましたっけ。映画で使ってた……えーっと、デミ・ムーアの出てた……」
「……ああ、『ゴースト』……アンチェインド・メロディですか」
「そう、それそれ。あの曲がどこからともなく流れてきて、思わず一緒に踊っていました」
「誰と?」
「だからこちらと」と野口が女を指さしますが、女は黙ったままです。
「こちらって……えーっ!こちらですか!」
「かなり重たくて途中でホームから落ちそうになりました」
「そんなことが、あったんですか」
「ええ。いい思い出です」と野口がベンチに座ります。
「思い出ねえ」と山田もベンチに座ります。
「それにしても、たった1週間でずいぶんみすぼらしくなっちゃったな」と野口。
「はあ」
「高級ブランドの服着ていたし、高価そうな指輪やネックレス着けてたんですよ。みんな誰かが持っていってしまった。それでも、さすがに裸じゃ可哀想だと思ったのか、一応代わりに安い服を着せてはありますけどね」
 野口が急に身を乗り出しました。うつむいた女の前髪が彼の頬に触れると、野口はそれをうるさそうに払って、
「昨日の夜なんか口の中をのぞき込んでる奴がいました。金歯でも探してたのかな。思わず何やってんだ!って怒鳴ってましたよ」
「ひどい」と言うと山田は手で顔をおおいます。
「でしょ……それだけじゃないんです」
 野口は周囲を気にしました。でも、2人の話を聞いていたのは月だけです。その月も今は濃い雲に隠れてしまいました。ホームの蛍光灯が1本切れかかってかちかちと鳴いています。
「ちょっとスカートめくってみてください」
「えっ?」
「人が来ない間に」
「しかし……」山田もまわりを気にしました。誰もいません。ここには誰もいません。
「ほらっ今だ。早く」
 山田があわてて女のスカートをめくって中を覗き、そしてすばやくまた元に戻します。
「ねっ。履いてないでしょ。ひどい奴がいるもんです。下着まで脱がすなんて」
「そんな……」
「最初から履いていなかったわけじゃない。ちゃんと履いていたんですよ。それが昨日の夜にはなかった。きっと悪い奴が脱がして持っていったんです。もしかしたら、もっとひどいことも……」
「やめろ!」山田は突然立ち上がって叫びました。月がびっくりして雲から顔を出し、ふたたびホームを明るく照らします。だから、山田の顔の歪みがはっきり見えます。
「すみません。やめてください。お願いですから……」
「そ、そうですね。もう止めましょう。そこまで人間を疑ってはいけない……」
「浪費家だったんです」
「えっ?」
「次から次へと高級ブランドの服やバッグを買ってきて、食事だって毎日有名な料亭やレストランで外食。……重いはずですよ。わたしのリストラで少しは収まると思ったら、今度はカードで買い物をはじめて……あげくに危ないところから借金……仕方なかったんです。わたしが我慢できなかったとかじゃない。妻自身がそういう自分をもてあまして苦しんでいた……」
「はあ…ということは、こちらは」
「紹介が遅くなりました。わたしの妻です」
「どうも、はじめまして……は、おかしいか。素敵な奥様じゃないですか。亡くなってもこんなに綺麗なんだから、生前はさぞ……ご自慢だったでしょう」
「それはもう。わたしなんか何の取り柄もありませんけど、この妻といっしょになれたことは一生の宝物でした。……だからこそ幸せにしてやれなかったのが心のこりです」
「幸せだったんじゃないですかねえ」
「……」
「奥さん、幸せだったって顔してますよ。今だってみんなに装飾品とか洋服を恵んでやって役に立ってるんじゃないかな。このわたしだって一緒に踊ってもらって嬉しかったですよ。生きてたら絶対に踊ってなんかもらえなかった。下着とられても、それ以上のことされても……いや、失礼。とにかく、そう思いますよ」
「ありがとうございます。そう言ってくださると少し気持ちが楽になります」
「それで……どうするんですか。奥さん……いくらなんでもここままじゃねえ」
「洋服だけじゃなくて妻の体も誰か持って行ってくれないですかねえ」
「そりゃ、ちょっと……ね」
 月が何かに気づきました。電車がやっと駅に近づいたようです。
「来ましたね」
「ええ……わたしもやってみようかな」
「え?何を?」
「シャルウイダンス」
「ははは。けっこう重いですよ。いや、それはよくご存知か」
「では」と言って山田は妻の脇に腕を入れて持ち上げました。そして、自分の身体を反らすようにして妻の体をその上にのせ、彼女の手をとってゆっくり踊り出しました。
「それじゃわたしがBGMを……」と言って野口が「アンチェインド・メロディ」をハミングしました。月が大笑いしてそれを見ています。切れかかったホームの蛍光灯もかちかちとリズムを刻んでいました。
 電車の近づく音とともに、心臓が早口で野口に何かを警告しています。
「山田さん……黄色い線のそっちは危ないですよ……山田さん」
 女のかしげた頭の横に山田の顔が見えました。彼は「ありがとうございました」と野口に唇の動きで告げると女の冷えた頬に接吻をしました。電車がホームに迫ってきます。
「あっ」と野口が声を上げました。そのとき山田は女もろともホームの下に消えたのでした。
 電車がブレーキ音のような金切り声とともにホームに滑り込んできて止まりました。ドアが開き、車両がためいきをつきます。誰も座っていない座席の列が楽しそうに笑っています。
 何かがホームの端でぴょこぴょことはねていました。野口が近寄ってみると、それは耳でした。
「山田さん……」と野口が声をかけると、月がバカにしたように笑いました。   
                                    おしまい

最後まで読んでいただきありがとうございます。ちょっと不気味な作品でした。ご不快でしたらごめんなさい。よろしければコメントをお願いいたします。

↓ 題材にした『幸福な王子』すごい童話ですねよ。幼い頃に読んで脳にこびりついています。


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