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パントマイム公演に行きました。 [観劇]

1年ぶりにパントマイムのやまさわたけみつ先生の公演に行きました。マルソー追悼と銘打った小さな舞台でしたが、やまさわ先生を慕う皆さんが集まって濃密な空間を作っていました。

一番前のほぼ真ん中の席で、演じる先生との距離は2メートルもありません。どの演目も何度も観たものばかりですが、思わず先生の動きに見入ってしまいます。2時間があっという間です。

先生の演技は何度観ても何かしら発見があり、以前は見えなかったものが見えるように感じるのは一体なぜなのでしょう。

先生のマイムが70歳を迎えて円熟期に入り、より深化したからでしょうか。

マイムは演技者との距離や、観る角度によっても印象が変わるということもあるのかもしれません。

それに観る側の私が何度も観て、より深く細かく想像できるようになったということなのかもしれません。私が初めて先生の演技を拝見したのが40歳、その後20年の間私もそれなりに様々なことを体験して来たので、見えなかったものが少しは見えるようになったのかもしれません。

以前、先生がおっしゃっていました。
「マルソーは同じ演目を何度も繰り返し演じている。あなた方も自分の演目を愛して、繰り返し演じて深めなさい」と。

先生の作品をはじめて観た人の中には「何をやっているのか全く分からなかった」とアンケートに書く人もいるようです。テレビも本も、学校の授業さえも分かりやすいことが美徳になっています。自分が分からないのは自分の想像力や感受性のせいではなく、すべて表現する側の責任だと考える人が多いのです。

しかし、観る人に少しの想像力と集中力があれば、何もない空間に様々なものが立ち現れるのです。それはアダムとイブを誘惑する蛇かもしれません、キャリアウーマンの同僚だったり、野原いっぱいに飛び交う蝶かもしれないし、バイオリン弾きに寄り添う野良犬かもしれません。それらの人間や動物たち、時には神までが圧倒的な存在感を持って先生の傍らに現れます。

私はパントマイムの真価とは演技者と観客の共同作業によって成り立つ点だと思うのです。ディテールに徹底的にこだわるパントマイミストが演じて、それを観る側が集中力と想像力で読み解く。そういう空間を体験することが「パントマイムを観る」ということなのではないでしょうか。

12/9には横浜の人形の家のホールでMMT(やまさわ先生が主宰する劇団)の公演『クリスマスキャロル』があるそうです。楽しみです。
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