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おわり [詩]

おわり   高平 九

「そうね、もう逢わない方がいいのよね」目の前に展いている乾いた海に、ささく
れのような波が音もなく立っては消えた。「そうよね」繰り返す君の声はかすれ、
二人が座っている流木の洞を吹き抜ける風の音のようにさびしい。「もう、終わり
にしよう」そう言いかけた時だ。ひんやりとした湿りがまるで風にあおられた女性
の髪のように僕の片頬を撫でた。「あら」背筋を伸ばして空を仰ぐ君の額や瞼や唇
を何かが濡らしはじめる。やがて君が閉じていた目をひらくと、暗い空を映した瞳
からそれはあふれて、長い睫毛がその重みに震えた。頬をつたい、顎から流木へ、
砂浜へと、滂沱と流れ落ちる水。それは流木の周りの砂を黒く染めると、なおも波
紋のように広がって世界を潤してゆく。空き瓶や波打ち際や古びた灯台や難破船。
タンカーや雲の群れや鴎や鯨。世界が幻の洪水に巻かれるのを見た僕が「ねえ、ご
覧」と君をふりむいてもそこには誰もいない。豊かにたゆたう海のほかには。

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 [詩]

      高平 九

年老いた道化師が晩秋の町にいた。銀杏の葉が風に舞うなかを一心に人形を演じて
いる。今日でこの町との契約も切れるのだが、彼には次の町へと流れるあても気力
もなかった。白く塗った顔にふと哀しみが浮かんでしまいそうになるのを必死に耐
えていた。行き過ぎる人々の誰もが彼を一瞥しただけで温かなメッセージを感じ、
心の底から安らぐのだが、一人として何かを返そうとは考えない。ふと道化師の前
に風船が止まった。茶色の瞳の少女が不思議そうに見上げている。彼は今まで何十
年も子供たちに注いだのと同じ笑顔を見せた。しかし少女はただ瞳を曇らせて走り
去ってしまった。老人の気力はにわかに萎えた。膝をついて天を仰ぐと、灰色の深
みから何かが降ってきて、額にやさしくさわった。まるで小さな天使の群れがやっ
てくるようじゃないか、満足した道化師はそっと目を閉じる。雪は彼を庇うように
白く降り続き、やがて雪の止んだとき彼の姿はもうそこにはなかった。


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 [詩]

       高平 九

ホームに立った瞬間めまいがした。階段を急いで駆け下りたせいだろう。膝も微か
に震えている。終電車はがらんとした車窓を並べてすでに滑り出していた。「クソ
ッ、またかよ」タクシー代とカプセルホテル代を天秤にかけながらふと見上げると、
薄暗い灯の下に自分と同じような男の姿がある。追っていって肩をポンと叩きたい
衝動にかられて緩めた頬が強張った。白線を踏んでいた彼の右足が不自然に上がり、
支えを求めて伸ばした手が加速する車体に触れるのを見たからだ。電車から激しい
平手打ちを受けた彼の身体が、ホームの柱にごんと打ちつけられ、回転しながら跳
ね返されて、魔人がランプに吸われるように車輪の下へと消えた。その時だ。何か
が赤い紐を引きながら飛んだ。それは硬いホームの上で2度3度跳ねたかと思うと、
発狂したようなブレーキ音の中を私の靴先にひたと止まり、ピク、ピクと動いた。
「なんだ耳か」私は思わず笑っていた。そして、その笑いは朝まで収まらなかった。


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ねえ [詩]

ねえ      高平 九

「ねえ、あの水銀灯の下に立つとね。男も女も綺麗に見えるんだって」冬の駅舎で
貴女は言った。白いモヘアのコートの腕が、僕の腕に絡んでホームの外れに引いて
行く。「どう、あたしきれいに見える」二つ年上の女性の酔いに火照った顔を見つ
めた。形のよい唇から漏れる息が、初めての距離を感じさせた。ふいに貴女が柔ら
な身体をあずけてきた。「せ、先輩」「踊ろう」どこからかクリスマスソングが聞
こえている。耳元に貴女のハミングを聞きながら、たどたどしいステップを踏んだ。
「うまいじゃない」銀色の光のシャワーに幻惑されたのだろうか、ふわふわのコー
トにくるまれた貴女の熱い身体を思わず抱きしめていた。「痛いよ」「ごめんなさ
い」「謝らないで」。終電車が来た。「最後まで、送ってくれないの」発車ベルの
中、貴女は言った。一歩を踏み出せない僕に、貴女の唇が硬く引き締まる。ドアが
閉まった。<よわむし>音のない声がいつまでも、そして、今でも消えない。

純粋 [詩]

純粋      高平 九

後悔していた。どうして会おうなどと思ったのだろう。モノレールのドアに凭れて
君の無垢な葉書を出し、寝呆け目で流し読む。「ごめんね」で始まり「ごめんなさ
い」で終わる文章。昔と同じ丸文字は故郷と同じように優しく、煩わしい。モノレ
ールは濁った川を渡り空港に着いた。改札口で時計を見上げると、約束の時刻
を2時間も過ぎている。もういやしない。それさえ確かめればいい。そう思ってコ
ンコースに出ると、そこは紺色の制服だらけだった。修学旅行の団体が何組も
場所を塞いでいる。その中にふと白いものが見えた。紺色の波にもまれながら、
約束の場所を必死に守って強張っていた顔が、こちらに気付いて弛む。君は白
い手袋を控えめに振った。色白の君は遠目にも昔のままだ。手袋は顔の横で
振られ、そして跳び上がる君の頭の上で振られた。修学旅行生たちが一斉に
こちらを見て笑う。めちゃくちゃ恥ずかしかった。でも、今日一日を最高の思い出
にしようと、決めた。


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面の中の人 [詩]

 面の中の人   高平 九

 夜、女面をひとつ造った。
 昼食のカレーをほおばっていると、ふいに面のイメージが頭の中に降り注いだ。急いで上司に早退を乞い、イメージをこぼさないようにそおっと自宅に運ぶ。部屋に入るなり上着を脱ぎ捨てワイシャツの袖をたくしあげて粘土に向かった。大きな固まりを広げ、まずはアウトラインを造る。次に小さな固まりをちぎって凹凸をつけ、竹べらと指で形を整える。焦らずにゆっくりと頭の中のイメージに近づけるのだ。一時間もかからずに型はできあがった。頭の中のイメージはいつの間にか消え、顔は粘土に乗り移っていた。
「ねえ、ちょっと唇が厚いんじゃない」手を洗って部屋に戻ると声がした。背筋を冷たい手で撫で上げられたような感じ。「誰だ」誰のはずもない。この狭い家には誰もいないのだ。今は。「あたしよ」粘土の面は微かに笑っていた。「唇、薄くしてよ」それは久しぶりで聞く種類の声だった。深い水底に語りかけるような遠い声ではなく、産毛を戦がせながら寄り添う近しい声。別れ際の妻や娘の声ではなく、まだこんなつまらない男に彼女たちが興味を抱いていた頃の声に似ていた。だからと言って粘土の顔が妻や娘に似ているわけではないが。とにかく、よかった。未練や後悔ではないらしい。
 竹べらで唇から粘土をそぎとり、指を使って仕上げた。くすぐったいのだろう。面が唇を震わせて笑うのでなかなか形が整わない。面は不平を言い、またやり直し。注文どおりの唇に仕上げるのにまた一時間ほどかかってしまった。「ひんやり冷たいのね」ちぎった半紙を紙の繊維を溶かす液体に漬け、一枚一枚粘土の表面に張りつけてゆく。何度も繰り返し張り重ねると乳白色の面が生じる。「きれいにはずしてよ」紙が乾いてから粘土を慎重に外し去る。仕上がった面を見ると、その瞳には光があふれ、まぶしいほどの活力がみなぎっていた。
「さあ、できあがったよ。君はいったい誰なんだい」「わからないのね・・・ほんとうに分からないのね」「ごめん」「ううん。いいの。それより、ね」彼女は目をとじ、唇を少しだけ開いた。唇を重ねると、心の淵から安らかな思いが湧き出し、そのまま女の奥へと吸われてゆくのを感じた。
 ……夜、面から抜け出したあたしは、くたびれたワイシャツを脱ぎ捨て、新しい生を求めて町に出た。素肌に夜がはじける。(終)

愛のバーゲン [詩]

愛のバーゲン  高平 九

たとえば
「平和」について伝えようとするのだが
「平和」は君の中では「見ないこと」「聞かないこと」「知らないふりをすること」
と理解されているので、君という風景の深い湖に小石を落とすことすらない

たとえば
「愛」と伝えたいのだが
「愛」はあなたの中で「たくさんのお金」だったり「楽な生活だったり」ときには「海外旅行」や「ウエディングドレス」だったりするので、
あなたという空をゆたかに雲で埋めることはできない

たとえば
「いのち」が石であったら
磨かれひかり輝くばかりがその価値ではない
「いのち」はありふれた石のように転がっている
けれど、簡単に奪われたり、放り投げられたりする
ほど、卑しくはない

たとえば
だが、
世界が求めているものが、人殺しであったとしても
「愛」が格安でバーゲンをされていたとしても
わたしたちは「ひと」として
あなたにささやき伝えることをやめない

 [詩]

   高平 九

桜の満開
なのに。

桜の花がきれいだ
桜の花がきれいだ
あんなに桜の花が
きれいだ。

ほら
こんなにきれいに
桜の花が咲いて
見て
見てったら
見てよ
見てったら
あたしじゃなくて
きれいでしょ
桜よ。

春の宵

桜の花に
はぐれる。

桜の花の
下の
小さな
ほんとに
ちいさな顔。

消えた。

DSC_0072.jpg


海へ [詩]

海へ  高平 九

コップ一個持って
海へ

人魚
捕まえる許可を
地元の漁協で
もらって

コップに
夏の日ざしを
浴びせながら
人魚の流れ着くの
待っている

波に寝そべり
砂の話を聴いて
気まずい月夜の
来襲に
出会う

趣味 [詩]

  趣 味              高平 九

 趣味ですか。
 趣味と言えるか分かりませんけど、毎晩、コンビニの前に座っています。
 そう、コンビニエンスストアの店頭。仕事が終わるのがたいてい八時ごろなんで
す。会社の近くの駅から電車で二つ目の駅まで行き、そこから十二分くらい歩いた
ところにある店です。
 いいえ、家は郊外ですよ。まったく逆方向でそこから二時間くらいかかりますね。
あんまり会社から近いと誰かに目撃されたりするでしょ。会社で話題にされたり
すると面倒臭いし、それにね、もし私がすわっているのをいいことにして同僚のだ
れかが隣にすわりでもしたら、最低ですから。ほんとにそれだけは最低ですから。
 家の近くだって一緒です。死んだ親父が代々住んでいたし、母も近所から嫁いで
来たんで知り合いが多いんですよ。だれかに見つけられて、みんなが見に来るよう
になったらせっかくの楽しみが台無しですよ。
 はい、ジュースの自動販売機と電話の間ですけど。背広姿ですわっている私をで
すか、別に不審がったりはしませんね。近くに大学があるせいか若い人が風呂上が
りにジュース買ったり、郷里に電話したりしてますけど、だれも私にはほとんど無
関心です。もちろん私の方はジュースが出てくる時のごっとんという音や、はじめ
標準語だった言葉が次第に方言に変わったりするのを、黙って聞いて楽しんでいた
りはしますけどね。風呂上がりの女性の髪の香りなんかもいいですね。
 はじめは抵抗ありました。だけど、一回すわってしまえば、なんてことはありま
せん。そりゃあ、すわるタイミングは大事ですよ。座るときに周囲の人に目立って
しまうと、不思議なことにその日は一晩中、しっくりきません。今じゃ、すわるコ
ツを修得してしまって、失敗することはめったにありませんけど……。
 ある夜、女の子が来たんですよ。いえ、そんなんじゃくて……色恋じゃありませ
んよ。小学校の四年生くらいでしょうか。髪が短くて男の子みたいな顔かたちの子
なんです。七月のはじめ、もうかなり暑くって風呂帰りの若者が店でアイスを買っ
て食べる姿が目立ちはじめたころです。私がそこにすわるようになってから二週間
くらいたっていて、もう三日に一度はちゃんとすわれるようになっていました。そ
の夜もちょっとした取引きの失敗なんかあって疲れがたまっていたんだけど、それ
までで一番うまくすわれたような気がしました。すわれた瞬間、顔にそんな満足感
が出たんでしょうか。気がつくと目の前に白いワンピースの女の子がじっとこちら
を見おろしているんですよ。そして、その顔が、とがめるような、十歳くらいの子
が三十過ぎの男を見てですよ、まるで子どもの有頂天をとがめるような目で見てい
るんです。私、頭にきましてね、お前なんかに何が分かるんだと言ってやりたかっ
たんだけど。いえ、言わなかったんです。でも、その子は私の顔を見て笑ったんで
す。
 けして馬鹿にした笑いじゃありません。とてもね、優しい微笑みだった。なんて
言ったらいいんでしょう。産まれた瞬間の赤ん坊が、はじめて母親と対面した時見
たようなあったかいものでした。……信じてないでしょ。いいんですけど、別に信
じて貰えなくたって。とにかくびっくりしちゃって、だってそうでしょ。初対面の
小学生の女の子が、叱るような顔をしたり、その後すぐに今までだれもしてくれな
かったような優しい笑顔を向けたり、それもどこの馬の骨とも分からないコンビニ
の店頭にすわりこんでいる男にですよ。
 話ですか。しませんでしたね。その子はただ黙って私の前に立って、こちらを見
ているだけで、五分ほど経つと、突然歩き去ってしまったんです。そして、その次
の夜も、その次も。毎晩その子は私の前に立つようになったんです。私はだんだん
純粋に趣味としてそこにすわるのか、その子に逢うためにそこにすわるのか自分で
も分からなくなってしまいました。彼女は前に立って、私が傲慢だったり意地悪だ
ったり、ひねくれていたりすると、それを目でとがめて、そしてすぐに笑顔で赦し
てくれる。それだけなんだけど、それが、ちょっとおおげさだけど、私の生きがい
みたいになってしまって。
 趣味って言えば、その子は習い事をしていて、いつも帰りがその時間になるらし
いんです。一度彼女の知り合いらしい中年の婦人が、コンビニの前で彼女をみつけ
て「あら、バレエの帰り。偉いわねえ」と声をかけたのです。私はその時まで彼女
がなぜそんな時間に毎日そこにいるのかとか、全然考えませんでした。ちょっと考
えれば小学生ですものね。不自然かもしれませんね。しかし、結構多いんですよ。
塾の帰りらしい子供たちが。だから私、ぼんやり塾の帰りぐらいに思ってたんです
ね。それにしても彼女はいつも大きなバッグを抱えていたんだから、ふつうの塾じ
ゃないことくらい分かりそうなもんですけど、まったく観察力がなくて、これじゃ
出世できないのも当り前ですか。
 とにかく、その女の子はバレリーナの卵らしいんです。顔が小さくて、姿勢もい
いからいいプリマになれますよ、きっと。
 三日前、私、落ち込んでいたでしょ。とてもコンビニの前にすわる余裕なんかな
い状況だったけど、結局すわりに行ってしまって、小雨が降っていて、客も少なく
て、ただうなだれてジットリすわっていました。ちょうど九時頃、女の子が現れま
した。白い靴下が目の前に止まって、赤い傘からぽたりと雨粒が私の髪の中に落ち
て、額から鼻筋に流れてきた。顔を上げると彼女の顔はいつもと違って、暗く見え
た。コンビニの明るすぎる人寄せの照明にもかかわらず、暗くかげって見えた。す
ぐに、彼女はふっとあの笑顔を見せてくれたけれど、その夜に限っては私の心は黒
く凝ったままだった。私たちの他にはだれもいませんでした。
 すると彼女はふいに浮いたんです。かかとが地面から浮いて爪先立ちになって、
ふりそそぐ光の中、身体が緊張し、腕が手前で輪をつくる。彼女の片方の脚が軽く
曲げられたと思う間もなく身体が脚を中心に回転した。ピルエットだ。ピルエット
です。彼女はその場で何度も何度も、バレエのピルエットを繰り返した。
 私、泣いてしまいました。恥ずかしいんですけど、涙が止まらないんです。光の
中で回っている彼女が、まるで光そのものみたいに美しくて、美しいものを見て泣
くような感受性が私にもまだあったんですね。そして、翌日からその子はそのコン
ビニの前には来なくなってしまったんです。どうしてでしょう。私にも分かりませ
ん。つらくないかって、いや、むしろほっとしました。私は今でも、彼女の来ない
コンビニの前にすわっている。今では始めたころのように純粋な気持ちですわるこ
とができています。まったくの、趣味としてね。           (終)